復興に学ぶ「会社のチカラ」

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中野 一平
記事タイトル : 被災地応援ファンドで工場を建て、再起を目指す ~待ってるよ!の声に応えたい、気仙沼ふかひれラーメン~
発信日 : 2011.11.22
3月11日震災当日、私は丸光食品の本社にお伺いしておりました。大きな揺れの直後、本社工場では熊谷社長が真っ先に従業員全員に避難指示を出しました。その後、私と同行していた船井総研の社員2名を車に乗せ、急いで海から遠くへと逃げました。
 
山内 栄人
記事タイトル : 社員寮を無償提供、電子部品業再起の一助に ~自社の強みを活かして被災企業をサポート~
発信日 : 2011.08.19
東日本大震災をうけ、発生翌々日に社内で「被災者サポートミーティング」を開催しました。そして、リーマンショック以来、長野県上伊那郡飯島町に所有する社員用住宅が一部遊休状態であることに着目。その積極活用が支援につながるとの結論を出しました。
 
藤崎 泰造
記事タイトル : 原発被害に遭遇したショッピングセンターが雇用のため新規事業に挑戦 ~離散した被災者にネット上で地域交流の場を~
発信日 : 2011.07.28
3月11日、東日本大震災発生当初、福島県双葉郡浪江町(人口約2万人)の中心商業施設として浪江サンプラザほか小売事業を総合的に展開した株式会社マツバヤは、社員宅に大きな被害をもたらしたものの、津波は店舗の数百メートル手前でおさまりました。
 
成田 優紀
記事タイトル : 顧客第一主義 整骨院の地域貢献サービス ~被災者が被災者に無料治療~
発信日 : 2011.07.27
震災発生当日、貴田様は診察がお休みであったため自宅にいたようですが、揺れがおさまるとすぐさま、営業中であった医院へ向かわれました。医院内はカルテが散乱し、機材も倒れていたそうです。ひとまず散乱したものを元に戻したものの、お客様やスタッフ、家族の安否を気遣い、数日間は閉院せざる終えない状態でした。
 
柳楽 仁史
記事タイトル : 倒壊寸前の伝統建築に復興の道筋を照らされた東北の酒造会社 ~平泉の玄関、一関で歴史を未来につなげる~
発信日 : 2011.07.15
「一時は周囲に支援を求めようとも考えたものの、津波に襲われた沿岸部の凄惨な状況を考えると『自分たちよりもひどい状況の人を優先すべき』との思いから、とても言い出せませんでした」。長年守りぬいてきた蔵の「解体やむなし」という現実に直面し、失意のどん底にいたそうです。
 
柳楽 仁史
記事タイトル : 家を失った人のために、一刻も早く住む場所を ~震災直後に被災者が行列した不動産会社~
発信日 : 2011.07.04
仙台市内の中心部にある店舗は、相当なダメージを被って一時は途方に暮れたそうですが、 「一日でも早く営業を再開させて、住む家を失った人を一人でも多く救おう!」という今野専務の呼びかけに全社員が奮起し、懸命の努力によって震災の10日後からなんとか営業再開にこぎつけました。
 
大橋 文雄
記事タイトル : 「希望の缶詰」が漁業にあたらしい販路を開く ~三陸海産再生プロジェクト~
発信日 : 2011.06.23
木の屋石巻水産の約6,500坪の工場は全壊し、数十万個の缶詰が広い範囲に流されました。自衛隊が現地に入るまでの数日間、木の屋石巻水産の流された缶詰を食べて命を繋いでいた方が沢山いることから、自然発生的に“希望の缶詰”と呼ばれるようになりました。